Sea of Tranquility

しずかのうみ

日の名残り

 カズオ・イシグロはブームに乗りそびれて指を咥えて見ていただけだったのですが、機会があったのでまずは映画を鑑賞しました。

 原作者がノーベル文学賞を受賞した話題が最近だったので、この小説や映画ももう少し新しいのかなと思い込んでいましたが、けっこう昔に撮られていたんですね。クリストファー・リーヴが存命だ〜。

イギリスに限らないんですけど、古い建物や町並みが残っている国ってけっこう多いのに、日本ってなんかそういうのないなあ、というのが冒頭の大邸宅の映像でいきなり感じたことでした。ロケ地がどこなのかまでは調べていないけど(エンドタイトルに何ヶ所かリストアップされていた気がするけど)田園風景や海辺の町がきれいでした。

時代がちょうど戦間期で、最近追われていたレポートの課題にもろかぶり。『ダンケルク』の話題も出てきたし、思い出しながら観てしまいました。映画一本観るにも背景知識があるとないとでは全然違うなあと思ったり。

三行で書くと、仕事一筋、尊い仕事に人間味など要らぬと邁進してきたら本当に人間味を失ってしまったプロ執事のスティーブンスさんが、心頭滅却したおかげなのか時代の波にも飲まれずに生き残ったけどやっぱり自分は家の中でしか生きられないんだなあ、としみじみする映画でした。

いい歳した大人が恋愛感情をうまく出せずにもじもじするところが、むしろ気恥ずかしかったです。

私も自分の感情を表に出すのが得意ではないので、こんな感じになってしまいがち。でもまあそれも一つのあり方だからしかたないよねって思いました。(いいのか?)

中でも特によかった部分は…

アンソニー・ホプキンスの顔芸!台詞がなくても顔で語れるのはさすがでした。もうほんとに口輪筋が、見えるか見えないかくらいの微妙な動きをするんですよね…。惚れ惚れします。

クリストファー・リーヴのフランス語!この人は舞台経験もあるので、演技力とかこういうこだわりが本当に見事なんですよね。若くして亡くなったのが惜しまれます。久しぶりに大画面でハンサムなお顔を堪能できてよかった。アメリカ代表として、平べったいアメリカ英語でスノッブに喋るシャープでスマートなおぼっちゃまを演じています。似合う…。

劇中で歌われる„Sei mir gegrüßt“ !(ただし吹き替え!)


Bernarda Fink; "Sei mir gegrüßt"; Franz Schubert

これは選曲の妙について考察しているホームページを見つけて思わず唸りました。この曲は言うなれば「仲直り」の意味を持った歌詞なのですが、戦間期の当時、英米独仏が非公式に集まった会議で、みんなで仲良くやっていきましょう、というメッセージをこの曲に乗せてドイツが発信するのはとても正しい。歌唱も(吹き替えだけあって)素晴らしく正しい。でもそれは逆説的に、「人の善意を担保に果たして平和が実現できるのか?」という疑問を生み出してしまうのでは?現にこの後、お人好しなダーリントン卿はナチ党に味方するような行動に出てしまうのです。

これが「下手くそなシューマン」だったらまた全然違ったはず…、という、さすがクラオタの人は着眼点が違いますね。

原作とは一部設定が改変されているようなので、これから原作も読んでみようかなと思っています。