Sea of Tranquility

しずかのうみ

"性淘汰が維持する生物多様性"

昨年に引き続き

adventar.org「今年読んだ一番好きな論文2018」にエントリーしました。

今年はあまり論文が読めていないので最初はやめておこうと思ったんですが、締め切り直前に欠員が出たらしくて参加を呼びかけられてしまったので、つい…。

ではさっそく、ものすごく手短に紹介します。

今年は生態学です!

univ-journal.jp京都大学フィールド科学教育研究センター講師の小林和也さんによる、生物多様性の維持に関する理論モデルの論文です。小林さんは北海道研究林で進化生態学を研究されています。フィールド。フィールド素敵。最高です。生物の生態を間近に見たい…。うらやましいですね。

この論文の要旨は

 ということです。(ご本人のツイートより)

生物の中には、雄が雌に交尾を強要するような行動をする種がいくつかあります。グッピーとかイルカとかヘラジカとか鮭とかイモリとかクモザルとか。(この項ソースはウィキです。すみません)

(その後心を入れ替えてちゃんと論文をあたったところ)雄が雌に対して暴力的な性行為を行うことで配偶者選択を制限する効果があるのではないかという仮説が立てられています。

同様に植物でも、他の花粉による受精を防ぐ物質を出すことがあるそうで、この行動は競争相手が多い時には自分の遺伝子を残すために有利に働きますが、競争相手が少なく、確実に交尾ができることがわかっている時には、交尾のチャンスが制限され、生まれてくる子供の数を減らすことにつながってしまいます。

小林先生は、この行動によって個体数の増減をコントロールし、一定の範囲内における生物多様性が維持されているのではないかという仮説を、理論モデルを用いて検証しました。

そして

小林講師はこの状況を数式で表現し、その生物の個体数に対して最適な「性的嫌がらせ」の程度を解析。このメカニズムを組み込んだシミュレーションで、十分に広い空間があれば数百種類の生物が10,000世代にわたって共存できることの証明に成功した。

という結果が得られたのです。今後この理論モデルの検証を実際の生物で行なっていくということです。

私が感じているこの論文の意義は、一見何のつながりもなさそうな性行動と生物多様性の関連性を理論モデルで検証したことですね。私はこれから科学哲学を勉強していこうと思っていますが、科学哲学の中の一分野である生物学の哲学においては、生物の社会性、とりわけ利他的行動の進化について研究されている先達が多く、一つのトピックとして常に熱いわけです。哲学なので最後はやっぱり人間に戻ってくるんですけど、人間がいきなり発生したわけではなくて進化という過程を経て今ここにいるのですから、他種の行動から進化の道筋を推察するというのはまだまだ検証しがいのある問題であり続けると思われます。

これからも進化生態学進化心理学について知識や情報を集めていかなくちゃ、と思っている一学部生としては、この論文のテーマはとても興味深く、今後も小林先生の研究に注目していきたいと思わされるものでした。

 

ところでこの論文、現在のタイトルはこのブログのタイトルでも引用したように、「性淘汰が維持する生物多様性」なのですが、発表時(2018年11月13日)には「性的嫌がらせ」という用語が使われていました。小林先生のツイートにもあるように、「性的嫌がらせ」は生態学用語であり、職場や学校での人対人の嫌がらせとは別のものです。しかし報道された時に、研究そのものの内容にも増してこの表現が話題になってしまいました。

そのためかどうかはわかりませんが、現在読める冒頭部分には、12月12日に「性的嫌がらせ」およびそれに類する部分を「性淘汰」に置き換える編集を行った旨追記されています。それに呼応して、生態学用語としての「性的嫌がらせ」について考察したブログもありました。

next49.hatenadiary.jp

学術用語が社会的に注目されたという点においても、この論文は今年もっとも印象に残った論文でした。ここでの「性的嫌がらせ」は単純に英語の直訳だと思うんですが、誤解を生まないように、一般に使われる表現と差別化し新しい用語を作るべきなのか、それとも…といった議論の端緒にもなりうる意義があったと思います。