Sea of Tranquility

しずかのうみ

帰ってきたヒトラー

劇場公開中に行きそびれて泣いていましたが、この夏やっと観ることができました。

ストーリーは、一言で言うと「現代に蘇ったヒトラーが、YouTubeツイッターを通じてヒトラーそっくりさん芸人としてブレイクし、テレビ出演も果たすようになり、最終的にはまた政治家として返り咲こうとするお話」です。

ヒトラーは、2014年当時のドイツ国民は結局第二次大戦の頃から何も精神的には成熟しておらず、ヒトラーのそっくりさんがもっともらしいことを言えば簡単に懐柔されてしまうということを見破り、自分の政治はまだ受け入れられると確信します。

これってすごく怖いことだと思いました…。

ドイツではヒトラーの著作『わが闘争』は普通の本屋さんで買うことができません。研究目的で、図書館等で読むことしかできないんです。そのほかにも、ナチ党政権下で使われていた単語を今は別の単語に置き換えて、使わないようにしているとか、ナチスに関してはものすごく神経質に取り扱っています。(先進国?で『わが闘争』を普通に本屋さんで買えるのは日本くらいだそうです。それっていいのか悪いのか…)

その反面、ヒトラー芸人のようなものは普通に受け入れられていて、お笑い番組が作られている。この矛盾に付け込まれる危険はまだまだあるということなんですね。こういう小説を書いて、映画化するというのはすごい英断です。

この映画では、内緒でロケを行い、一般のドイツ国民にヒトラー(役の俳優さん)が話しかける場面が何度も出てきます。ここ数年のヨーロッパは難民問題で揺れていて、極右的発想がより強調されているわけですが、ドイツ人の本音(難民には出て行って欲しい。ドイツはドイツ人のもの)が噴出していて生々しかったです。未だにテロの脅威にさらされている国際社会ですが、人種問題や宗教問題にどう対応するか、というのはもっともっと真剣に考えなければいけないのでは。どうも日本はその辺のことに疎いというか、世間知らずなところがあるし、私ももっと自分の意見をしっかり持たなきゃ、そのためにはこれまでの経緯をもっと把握しておかないと、上っ面な知識では何も判断できないなあ。という感じで、歴史の勉強をおろそかにできない気分になっているところです。

映画本編のことに触れておくと、私はフィクションであっても小動物が死ぬのを見ていられないんですが、この映画では実にあっさり犬が殺されてしまいます。つらかった。

でもそれがのちに伏線として活かされる展開があって、そこは素直に感嘆しました。お笑い芸人としてブレイクしたヒトラー、というかヒトラーを起用したディレクターの地位を脅かすために、ディレクターと対立している人物が、ヒトラーがかつて犬を殺した過去をほじくり返すんですが

ドイツの犬はなぜ幸せか―犬の権利、人の義務 (中公文庫)

ドイツの犬はなぜ幸せか―犬の権利、人の義務 (中公文庫)

 

こんな本が日本で出版されるくらいドイツ人は犬好きなので、「犬を殺すなんて信じられない!」とばかりに今までちやほやしていた人たちが掌を返すんです。

私も犬好きなのでその気持ちはわかるんですが、客観的に見るとこんな些細なことで…っていうのがいかにもドイツ人らしいなーと思ってしまいました。そもそもこの本物(という設定)のヒトラーは犬どころか人間を百万人単位で殺してきたんですから。何百万人も殺したにもかかわらずもてはやされた過去がある人物が、犬を一頭殺しただけで失脚するというのはブラックユーモアなのかな、と思ったり。

今回は上映前に、ドイツ文学を研究している大学教授から作品解説を聞くことができたのが大収穫でした。細かくは書きませんが、劇中で引用されているヒトラーの演説の原文を紹介していただいたり、大戦当時の時代背景や、現代ドイツの文化や風俗についてとても楽しいお話がうかがえました。

すっかりドイツ史が面白くなっていますが、私の専門はそこではないのですが。うーん。