Sea of Tranquility

しずかのうみ

本の寄り道

尊敬する翻訳家、鴻巣友季子さんが新聞・雑誌に寄稿した書評をまとめた本を読みました。

本の寄り道

本の寄り道

 

新聞の書評欄はとても限られたスペースなのですが、短い文章の中に作品の背景や同じ傾向の他作品の紹介、引用などが盛り込まれていて、筆者の深く広い知性を感じます。英米文学専攻ってこんなに読み込むんだ。すごい。という小学生並みの感想を抱く私。私もいつか本を読んで、「ああこれはいつか読んだシェイクスピアの一節を思い出させるなあ」なんて言えるようになってみたい…。

そんな風にうっとりしながら読了しました。

さて。新聞の書評欄は、先ほども触れたように小さなものです。

ということは、この一冊の本の中に、膨大な数の書評が掲載されているということなのです…。

鴻巣さんの文章を読んで「おおっこれ読みたい!」と思った本をリストアップしていったらすごいことになってしまいました。何年かかったら読み終えるんだろう?

ジャンルとしては、海外翻訳物のフィクション、ノンフィクション、それも英米語圏だけでなくギリシャ語ありタイ語ありロシア語ありと多彩です。そして日本文学、日本語ノンフィクション。

日本の作家は、割と固定メンバーな感じだったかな。女性作家も多かったかな。

私が苦手な村上春樹も、鴻巣さんに紹介されるとなんとなく読みたくなってしまうから不思議です。でもきっと読んだらやっぱり苦手なんだろうなあ。

何冊かピックアップした中から、まずはジェイムズ・ジョイスが読みたくなって、古書ですがぽちってみました。

私も鴻巣さんのように知的な感想が書けるといいんですが、まずは先入観なしに読んでみようと思います。

その次は、今まで避けてきたフランスの思想家についに挑戦…。

バタイユの『目玉の話』。(もともとの邦訳版タイトルは『眼球譚』なんですが最近新訳が出たのです)これ、相当アレなあらすじなんですけど。どきどき。

 

帰ってきたヒトラー

劇場公開中に行きそびれて泣いていましたが、この夏やっと観ることができました。

ストーリーは、一言で言うと「現代に蘇ったヒトラーが、YouTubeツイッターを通じてヒトラーそっくりさん芸人としてブレイクし、テレビ出演も果たすようになり、最終的にはまた政治家として返り咲こうとするお話」です。

ヒトラーは、2014年当時のドイツ国民は結局第二次大戦の頃から何も精神的には成熟しておらず、ヒトラーのそっくりさんがもっともらしいことを言えば簡単に懐柔されてしまうということを見破り、自分の政治はまだ受け入れられると確信します。

これってすごく怖いことだと思いました…。

ドイツではヒトラーの著作『わが闘争』は普通の本屋さんで買うことができません。研究目的で、図書館等で読むことしかできないんです。そのほかにも、ナチ党政権下で使われていた単語を今は別の単語に置き換えて、使わないようにしているとか、ナチスに関してはものすごく神経質に取り扱っています。(先進国?で『わが闘争』を普通に本屋さんで買えるのは日本くらいだそうです。それっていいのか悪いのか…)

その反面、ヒトラー芸人のようなものは普通に受け入れられていて、お笑い番組が作られている。この矛盾に付け込まれる危険はまだまだあるということなんですね。こういう小説を書いて、映画化するというのはすごい英断です。

この映画では、内緒でロケを行い、一般のドイツ国民にヒトラー(役の俳優さん)が話しかける場面が何度も出てきます。ここ数年のヨーロッパは難民問題で揺れていて、極右的発想がより強調されているわけですが、ドイツ人の本音(難民には出て行って欲しい。ドイツはドイツ人のもの)が噴出していて生々しかったです。未だにテロの脅威にさらされている国際社会ですが、人種問題や宗教問題にどう対応するか、というのはもっともっと真剣に考えなければいけないのでは。どうも日本はその辺のことに疎いというか、世間知らずなところがあるし、私ももっと自分の意見をしっかり持たなきゃ、そのためにはこれまでの経緯をもっと把握しておかないと、上っ面な知識では何も判断できないなあ。という感じで、歴史の勉強をおろそかにできない気分になっているところです。

映画本編のことに触れておくと、私はフィクションであっても小動物が死ぬのを見ていられないんですが、この映画では実にあっさり犬が殺されてしまいます。つらかった。

でもそれがのちに伏線として活かされる展開があって、そこは素直に感嘆しました。お笑い芸人としてブレイクしたヒトラー、というかヒトラーを起用したディレクターの地位を脅かすために、ディレクターと対立している人物が、ヒトラーがかつて犬を殺した過去をほじくり返すんですが

ドイツの犬はなぜ幸せか―犬の権利、人の義務 (中公文庫)

ドイツの犬はなぜ幸せか―犬の権利、人の義務 (中公文庫)

 

こんな本が日本で出版されるくらいドイツ人は犬好きなので、「犬を殺すなんて信じられない!」とばかりに今までちやほやしていた人たちが掌を返すんです。

私も犬好きなのでその気持ちはわかるんですが、客観的に見るとこんな些細なことで…っていうのがいかにもドイツ人らしいなーと思ってしまいました。そもそもこの本物(という設定)のヒトラーは犬どころか人間を百万人単位で殺してきたんですから。何百万人も殺したにもかかわらずもてはやされた過去がある人物が、犬を一頭殺しただけで失脚するというのはブラックユーモアなのかな、と思ったり。

今回は上映前に、ドイツ文学を研究している大学教授から作品解説を聞くことができたのが大収穫でした。細かくは書きませんが、劇中で引用されているヒトラーの演説の原文を紹介していただいたり、大戦当時の時代背景や、現代ドイツの文化や風俗についてとても楽しいお話がうかがえました。

すっかりドイツ史が面白くなっていますが、私の専門はそこではないのですが。うーん。

 

万能コンピュータ

なぜこの本を読もうと思ったのかまったくわからない…

万能コンピュータ: ライプニッツからチューリングへの道すじ

万能コンピュータ: ライプニッツからチューリングへの道すじ

 

でも面白かったです、すごく!

私、数学史好きなんですねたぶん。数学まったくわからないんですが、なぜなのか。

最近では『イミテーション・ゲーム』というタイトルの映画にもなった、イギリス人数学者、アラン・チューリングの業績を再評価する内容の本です。著者はアメリカ人でニューヨーク大名誉教授のマーティン・デイヴィスさん。

一般向けと見せかけた?表紙の雰囲気やタイトルと裏腹に、ライプニッツから始まる数理論理学の歴史を詳しく書いた、かなり専門的な数学の本でした。数式論理式いっぱい出てくるし…。専門家じゃなくてもわかるように、平易な解説がされていて助かりましたが、それでも時々わからなくなった私の脳はどうなっているんだ。英文(和文)を論理式に置き換え、最後には自然数の羅列にしてしまうというのは、ここまで詳しく説明されていても直観的に理解するのが難しいです。わかったら相当楽しいだろうな…。

フレーゲのあたりは哲学的な要素もあって、自分の勉強にもなりました。チューリングの項にはサールの話も出てくるし、その前の項ではウィーン学団の話がかなり詳しく書かれています。ブールとチューリング以外はドイツ人の話なので、ちょっとドイツ史にも詳しくなれますね。さらに、著者はゲーデルアインシュタインと同時期にプリンストンにいた人なので、当時ご自分が体験された生のエピソードも紹介されていて、科学史的にも楽しい。

何よりも、文章が軽妙洒脱で、読んでいてとても楽しかったのです。「ぶっ飛んだ」なんて表現も出てくるけど、これは訳者の功績なのだろうか?でもデイヴィス先生、ヘーゲルのことかなり辛辣にコメントされていて、やはりご本人のユーモア感覚が素晴らしいのだと思います。

今回は図書館で借りましたが、自分の勉強のためには、買って手元に置いておきたいという気持ちになりました。

 

物理学者の墓を訪ねる

私が学者さんのお墓参りに行く時には、同好の士が書き残してくれた過去の情報を頼りにしているので、同じ趣味の人は少なくないんだなあとは思っていましたが、本にする人がいたとは。

物理学者の墓を訪ねる ひらめきの秘密を求めて

物理学者の墓を訪ねる ひらめきの秘密を求めて

 

紹介されている皆さんは

アイザック・ニュートン、ルートヴィヒ・ボルツマン、マックス・プランク、ルイ・ドゥ・ブロイ、エルヴィン・シュレーディンガー、ヴェルナー・ハイゼンベルクリーゼ・マイトナー

長岡半太郎大河内正敏仁科芳雄朝永振一郎湯川秀樹、久保亮五

という顔ぶれです。

私はボルツマンとシュレーディンガーハイゼンベルクと朝永先生のお墓には行きました。(ドヤァ

自身も現役バリバリの物理学者である著者がお墓参りに行く理由は、タイトルにもあるように、故人の墓に参ることによって彼らが生前得たひらめきの秘密を知ることができるのではないかということらしいのですが…。現地では墓標や埋葬された土の上に両手をかざして故人のリアルな情感に触れ、小一時間もそこに佇むということです。はあ、そうですか…。

科学者意外とエモい、という小学生並みの印象を抱きつつ読みました。

著者は墓参の際には"入念に下調べを"するそうなのですが、読んでみると、広大な墓地のどこに埋葬されているかも調べずに行って現地で管理人に突撃するも「知らないよ」と振られその後自分で墓地を何時間も歩き回って探す、みたいなことをやっていて、入念な下調べとは果たしてなんなのか、という気分に襲われました。

インターネットもないような時代に行ったのならわかるのですが、今はちょっと検索したらたいていのことは事前に把握できます。私が大して苦もなく見つけたハイゼンベルクさんのお墓にたいそう苦労して辿り着くエピソードは涙なしには読めませんでした。

シュレーディンガーさんのお墓にはレンタカーで行っちゃうし。ずるいわよ。あそこは公共交通機関を乗り継いで行くのが通だわ!(個人の感想です)

"アルプバッハでは国際会議がよく開かれて…"みたいなことは書いてあるのに、そこに"科学者の小道"という、国際会議で訪れた著名な科学者さんたちが植樹してできた並木道があることには気づかなかったのね!

…とまあ、自分に照らし合わせて割と批判的(意地悪な意味で)に読んでしまいました。著者さんごめんなさい。

でもですね、各科学者さんたちのエピソードはとても詳しく書いてくださっていて、科学史的に勉強になる内容でしたよ。女性でなおかつユダヤ人だったばかりに、業績が認められないままこの世を去ったリーゼ・マイトナーのエピソードは感動しました。

次はいつになるのかわかりませんが、ドイツに行くことがあるならゲッティンゲンに行きたいですね。

後半は日本の誇る物理学者の皆さんです。

長岡先生には、昨年度物理学のレポート課題で苦しんでいた時にお世話になりました。青山墓地にいらっしゃるようなので、いずれお礼に伺いたいです。

大河内先生はよく存じ上げなかったのですが、理化学研究所の第3代所長さんだったそうです。この項は理研の歴史、みたいな感じになっていました。戦前の理研の航空写真が残っているそうで、著者はヘリをチャーターして同じ角度で撮影したものを並べて比較しています。

こんなことにお金をかけなくても、と思ってしまいましたが、この本自体が日本経済新聞社の日経テクノロジーオンラインで連載されていたものをまとめたものですので、その費用は日経が出したんだろうな、とかそんな大人の事情を斟酌するのでした。この比較写真は史料として価値があると思います。

朝永先生のお墓は仁科先生と同じく多磨霊園にあるのですが、それはおそらく分骨されたもので、本当は京都にいらっしゃるとのことなので、湯川先生のお墓と併せて一度お参りに行きたいと思っています。

久保先生は物性の専門家で、お墓は文京区小日向のお寺にあります。墓碑に非平衡統計力学の基本方程式が刻まれているそうで、そちらも拝見してみたい…。

私がなぜお墓に行くのか、書いてませんでしたね。私は物理学者ではないので、先達のひらめきの秘密を知る必要はありません。さっきは著者についてエモいとか揶揄してしまいましたが、私も、著者ほどの熱い思い入れやシンパシーはないにせよ、科学を究めた人が生きていた証に向き合うことに意義を感じるということなんだと思います。大学には故人の肖像画銅像、彫像が残されていたりしますが、それらとお墓はやっぱり違うよなあ、というのが私の気持ちです。

まあでも、変な趣味ですよね。

 

未來のイヴ

 仏文のレポートに使いました。もうレポートも返ってきたし試験も終わったので書評解禁?

ヴィリエ・ド・リラダン全集 第2巻

ヴィリエ・ド・リラダン全集 第2巻

 

 ごく短めのレポートの題材としては大作すぎて、全くまとめきれず、芳しくない講評をいただきましたが、それはそれです。フランス文学なんてまともに読んだことのなかった私が、一連のレポート執筆作業ですっかりフランス文学大好きになってしまいました。

ヴィリエ・ド・リラダンは19世紀フランスの、象徴主義の作家です。若い頃ボードレールに可愛がられて、エドガー・アラン・ポーなんかを読まされて幻想小説を書くようになりました。ヴィリエの特徴は、言いっぱなし、書きっぱなしなところです。結末に至るまでの説明や描写はもうこれでもかっていうくらい細かくしつこく書き込むのに、最後は「はい終わりー」ってあっさり終わることが割と多いです。幻想小説群としては、ポーっぽい暗くて重くてちょっと怖い系から、SF小説の走りみたいな機械系の作品までいろいろあります。私も全部は読みきれていませんが、一部の人たちからはものすごく評価されているようです。ユイスマンスとか、マラルメとか、押井守とか、伊藤計劃とか。三島の評論にも出てくるとかなんとかアマゾンのレビューにありました。そちらは未確認です。

この作品は、「きれいで優しくて頭がよくて絶対浮気しない理想の女性」を驚異の技術力で自作したマッドサイエンティストが主人公。もうそういう女性を人為的に作り出そうというところからしてミソジニーの匂いがぷんぷんしてきますが、単なる男尊女卑に走っていないところがヴィリエのすごいところ、なのかな。あくまでも科学的視点(現代の科学からするとちょっとトンデモではありますが)から幻想的な小説を書いてやろうじゃないかというような意気込みが感じられます。この作家の存在すら知らなかった私ですが、この本を始めとするヴィリエの著作をいくつかと、仏文学者の書いた論文をいくつか読むうちにすっかり引き込まれてしまいました。これをきっかけに、フランス文学って面白いんだなって思えるようになったんですよね〜。

現在入手可能な書籍は

未来のイヴ (創元ライブラリ)

未来のイヴ (創元ライブラリ)

 

 こっちなんですが、私はあえて、全集の中の1冊を古書で購入しました。冒頭にアマゾンのリンクを貼った、第2巻です。(文庫の新品と値段があまり変わらなかったので…)

函に入ってて、重くて読むのが大変でした。でも他の作品も収録されているのでお得。

訳された斎藤磯雄先生は明治大学の教授でした。昭和50年代に出版されているにもかかわらず、こだわりの旧字体旧仮名遣い。なかなか読みづらいですが、美しい日本語も堪能できました。

 この本にも2編収録されていますが、こちらは別の先生が訳されたので現代仮名遣いで読みやすいです。

関係ないけど研究者さんたちは「リラダン」じゃなくて「ヴィリエ」って呼ぶんですよね。何か理由があったんだけど忘れちゃった。日本でのヴィリエ研究の第一人者は、今の所多分武蔵大学の木元先生です。木元先生の論文にはとてもお世話になったのですが、全文フランス語のものもあって、泣きそうでした。

木元先生、ありがとうございました。