Sea of Tranquility

しずかのうみ

鈴木孝夫の曼荼羅的世界

慶應義塾大学名誉教授である言語学者、鈴木孝夫先生の足跡を、専門である言語学はもちろん趣味のバードウォッチングに至るまで網羅した集大成、のような本です。というとちょっと大げさでしょうか。どちらかというと、過去に出版された論文や著書から漏れた、雑誌に載った小編や対談などの小さなものを散逸しないように集めておいた、という感じかな?

なので内容は、よくも悪くもごった煮というか、なんでもありの様相ですし、一応年代別にまとまってはいますが系統だった構成ではありません。さらに、年代別になっているために同じような論旨のものが何件も並んでしまっています。弊害というほどではありませんが、人称に関する内容は何度も出てくるので「またか…」という気分にちょっとだけなっちゃいました。鈴木先生人称代名詞大好きなのね、ということはよくわかったけど、先生の研究内容をつぶさに知るのであれば、別途刊行されているまとまった論考を読んだ方がよさそうです。

個人的には、『言語における基準と方向性』など印欧祖語間の比較や、先生の大好きな日本語の人称代名詞に関する考察を特に興味深く読みました。自己中心語という分類には初めて触れたのでここは勉強しておこうかと思います。

あとは色の名前のところかな。去年読んだ『ことばと思考』で今井先生が紹介されていたエピソードをご本人の文章で読む日が来るとは、あの時の自分には想像もできなかったですね。 継続して勉強しているとこういうこともあるんだなと思うと感慨深いです。

なぜかビートたけしとの対談も収録されていて、それを読むとビートたけしの聡明さが際立ったりしています。頭いいですよね、あの人。

現在は井上先生が主に講義されている言語社会学の、走りのようなところで何が研究されていたのかがよくわかるので、言語学史を把握するにはいい教科書です。よっぽど鈴木先生大好きでなければこの本じゃなくてもいいような気もしますけど、私は勉強になったと感じたのでご紹介しておきます。

鈴木孝夫の曼荼羅的世界: 言語生態学への歴程

鈴木孝夫の曼荼羅的世界: 言語生態学への歴程