Sea of Tranquility

しずかのうみ

これって…運命?

東京に大雪が降る前の日のことでした。 悪友が誇らしげに私に見せた一枚のチケット。 そこには見慣れたベートーヴェンさんの肖像画と、「こんなベートーヴェン誰も聴いたことがない…!」というコピー。 「こんなベートーヴェンも何も、私そもそも第九以外の交響曲全楽章通しで、生で聴いたことない」 「じゃあ一緒に行く?」 「行く!」 というわけで急遽チケットをもう一枚工面していただいて、吹雪の上野公園で遭難しそうになりながら、東京藝術大学 奏楽堂というところに初めて行ってきました。 2011年結成という若いオーケストラ、ヴィンデさんの第4回演奏会です。

どうして悪友がこのコンサートを聴きに行くことになったかというと、彼が所属する合唱団の指揮者が、その「誰も聴いたことないベートーヴェン」を指揮するからだとのこと。 実は私はその合唱団の演奏会も聴きに行ったことがあり、音楽性の高さは評価していたので(ウエメセですが)それなら絶対に面白いだろうな、と期待を込めて客席に着きました。 注目の演目は 本邦初!? 全曲、通奏低音付きベートーヴェン・プログラム 歌劇「フィデリオ」序曲 Op.72 ヴァイオリン協奏曲 Op.61(ヴァイオリン・ソロ 瀧村依里) (平川加恵作曲による新作カデンツァ、世界初演交響曲第5番 Op.67 バロックなんかでよく聞く「通奏低音」つきベートーヴェン? しかもヴァイオリン協奏曲に新作カデンツァ? 開演前からワクワクドキドキでした。

フィデリオ」は若いオケの元気爆発!な勢いのあるオープニングでした。 小編成で、楽器の並びも特徴がありますね。 雪の中を歩いてきた寒さも忘れるような熱気を感じました。これは全曲楽しみです。

「ヴァイオリン協奏曲」、ソリストの瀧村さんかわいいし(そこ?)…じゃなくて、高音がすごく繊細な響きなのに弱々しくなくてかっこよかった。カデンツァはフォルテピアノとの競演だったのですが、どちらも技巧派で圧倒されます。私は楽理的なことはまったくわからないので印象しか語れないのですが、カデンツァは「えっ、この先どうなってしまうの?」とはらはらするようなスリルがあったり、楽しい掛け合いがあったり、本編より楽しみに聴いていました。瀧村さんはあの大曲を弾ききる体力もすごい~。ヴァイオリンがまさに「歌う」ような存在感で、こういうソリスト久しぶりに聴いたかも。今後のご活躍に期待!ですね。

で、5番。 パンフレットに「運命とはあえて書きません!」と断言し、「巷でよく聞く所謂『運命』とは全然違うんだからね!」と熱く語っていた指揮者の渡辺祐介さん。いったいどんな運命…じゃなくて5番なんだろう。隣に座っている悪友は自分の楽器の宣伝に余念がありません。宣伝したって最終楽章まで出番がないくせに。などと客席で漫才をしているうちに休憩が終わり客電が暗くなりました。どきどき。 は…速い…。 「巷でよく聞く」やつの倍くらい速い。 そして、軽い、というか、重くない。有名なあのフレーズはなんだか重々しく演奏するような伝統があるようで、渡辺さんはそこを打開したかったようなのですが、しっかり表現されていたと思います。パンフレットに「対位法っぽい」というようなことが書かれていたように記憶していますが、なるほど重くなく遅くなく演奏するとそういう構造も際だって聞こえてきますね。 でも団員の皆さんはさぞ大変だったことと思います…。 こちらもジェットコースターに乗っているような気分で、あっという間に第1楽章が終わってしまいました。ああ、もっと聴いていたかった…。 2楽章以降はあまり耳馴染みがないので、先入観なく聴くことができたかな。それでも所謂「運命」よりは速かったのかな。 4楽章の金管すごかったですね。やっと登場したトロンボーン、時折すごーくいい音が鳴って、あーやっぱりこの楽器が鳴ると違うよね~、と、第九のアルトをトロンボーンの真後ろで歌って超気持ちよかった経験を持つ私にはうっとりなラストでした。 木管は終始正確で柔らかい音が鳴っていたし、コンマスさんとチェロのゲストの方は空気を動かすくらいの大きなモーションで熱演されていて、視覚からも引き込まれた素敵なコンサートでした。 5番はあのテンポでまた聴いてみたいです。 こんなきっかけで素晴らしいオケに出会えたのも運命だったのかしら、などときれいにまとめつつ、次回演奏会のコンセプトもとても面白そうなので、ご案内をいただくのを楽しみにしている、にわか一ファンでした。