Sea of Tranquility

しずかのうみ

自閉症

 

自閉症 (講談社現代新書 (697))

自閉症 (講談社現代新書 (697))

 

 

なぜこれを買ったのか?買ってちゃんと読んだのか?わからないシリーズ第2弾。そのものずばりのタイトルです。

自閉症などという難しいテーマに当時の私はいったいどんな用があったのか。
そこを解明するために読み始めました。初読の印象がほとんどなかったので、再読と言っていいのかよくわからないまま。
 
著者である玉井先生は東京大学で心理学を専攻され、国立精神衛生研究所(現:国立精神・神経医療研究センター)、東京学芸大学、国立特殊教育総合研究所(現:独立行政法人国立特別支援教育総合研究所)を経て、執筆時は帝京大学の教授をされていました。
集団の心理学」同様、昭和の日本における心理学及び精神医学の様相がよくわかりとても興味深いです。「自閉症」がどういうものなのかが一般に知られていなかった頃だったと思うのですが、字面から「人との交流を避け自分の世界に閉じこもる人」という印象を持たれがちであった「自閉症」について、日本での初の症例(それまでは自閉症児がいなかったという意味ではなく、自閉症という診断をされた初めての患児)からその後の取り組みなどを丁寧に書かれており、勉強になります。まだここでは「発達障害」という概念は出てきません。「情緒障害」については「自閉症」との関連を含めて詳しく解説されています。
現在は自閉度や知能指数によってカナータイプ、アスペルガー症候群などに分類されていますが、この本が書かれた当時はそこまでも行っておらず、「こういう人たちがこのような論文を書いていた」と紹介されるにとどまっています。今となっては、カナーやアスペルガーが人名であるということも、分類名は知っていても内容にまで興味のない人には知られていないかもしれません。

この本を読み始めた印象は、とにかく、愛に溢れているということ。題材とストレートな題名からすると意外でした。文章自体はとても簡潔かつ論理的、客観的であり、症例について淡々と紹介されています。にもかかわらず、読んでいると「この先生は仕事だからとかそういう義務感じゃなく、どうやったら自閉児と同じ目線で相対することができるか真剣に向き合ってこられたんだな」と思えるのです。

玉井先生だけではなく、文中で紹介される症例に関わった他の先生たちも同様です。逆に考えると、このころは今よりも時間に追われず、一人一人にしっかり関わることのできる環境だったのかなと思うところもあります。今はとにかく効率と結果を求められるので、先生方もここまでのことはなかなかできずにいるのではないかと推察してしまいました。

自閉症発達障害について知見やデータがかなり集まっているので、ここまでやらなくても対処できるようになった、とも言えますけどね。今ではゲノム解析や原因遺伝子の追求など、高度な取り組みも行われていますし、まだまだ無理解があるにしても、この本の執筆当時と比較すれば随分自閉症に関する情報が得られるようになっています。

わたくしなりの努力はしてきたつもりであるが、こうすればなおる、という方法は見出しえなかった。残念ながらそれは、事実であり、事実であると認めて次の一歩を考えることが、少しでも未来への前進の土台になるのではないであろうか。

この本はこの一文で締めくくられています。

玉井先生の没後20年ほど経とうとしている今、その頃と比べても自閉症の研究は日々進んでいると実感します。(私は現場にいるわけではありませんが)

この分野に限らず、事実を事実と認めてその次へ進むことを考えることが、科学的なアプローチにつながるのではないかなと思いながら読了しました。結局なぜこの本を買ったのかよくわからなかったんですが、これを買った当時の私、えらいぞ。