Sea of Tranquility

しずかのうみ

空飛ぶ馬

ひっさしぶりに学校の課題でも卒論の文献でもないなんでもないふっつーの本を読みました。

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

 

ミステリは好きなのですが最近はご無沙汰で、北村薫さんは初めて読みました。好きって言っていいのか。

この作品は北村薫さんのデビュー作だそうです。

高野文子さんの表紙がかわいい。

人が死なないミステリですが、時々少し重いテーマのものがあったりします。

お好きな人にはおわかりでしょうが、主人公はとうとう名前の出てこない、国文学専攻の19歳女子大学生。作中で二十歳のお誕生日を迎えます。おめでとう。(じゅうきゅうさいはアラビア数字でもいいけどはたちは漢字だよね)

主人公が不思議なことに遭遇するたびに相談役として駆り出されるのが落語家の春桜亭円紫師匠。主人公の大学の先輩で、若くして高座に上がった才気あふれる噺家さんですがなぜか推理がお得意で、なぜか10以上も年の離れた主人公が困った時に手の届くところにいらっしゃる。

主人公(名前がないのが不便!)が日常生活の中で出会う不思議な現象をいい感じで円紫さんに相談すると割と即座に解答が得られてしまうのですが、円紫さんは手がかり(作中では「材料」と呼ばれます)を主人公と同じだけ持っているはずの読者が全く想像もしていないところから答えを出してくるので毎回小さな驚きを与えられてしまいます。

総じて、文学歴史の薀蓄に満ち溢れた素晴らしい作品でした。でもね、でもね、まあトリックというか真相はまあまあ強引だよね。でもしかたないよね。そうしないとお話にならないものね。

短編集なのでひとつずつご紹介しますが、ものがミステリですのであらすじも控えて私の個人的な感想のみとなります。

  1. 織部の霊
    お茶を嗜んだことがあるのでやきものには興味があるんですが、織部焼はちょっともっさりしている印象があってそれほど愛着がなくて…でもこのお話はお茶碗ではなくお軸のお話ですね、どちらかというと。どちらもお茶には関わりがありますが。加茂先生の研究室の本棚や叔父様の千葉の別荘の佇まいが眼に浮かぶような描写でした。ところで主人公は今読んでも気恥ずかしいくらい自分の二十歳くらいの頃を思い出すような、時々独りよがりでだいたい自意識過剰な感じがリアルです。なるほど北村薫さんがデビュー当時性別年齢不詳だったのも頷けます。ただし二十歳の私はこんなにたくさん小説を読んでいなかったのですよねぇ。それにやっぱり時々とっても老成した印象がありますね。織部は特別展があるようなので

    サントリー美術館で「黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部 ―美濃の茶陶」展 | ニュース | インターネットミュージアム

    行ってみようかな?
  2. 砂糖合戦
    ハチ公前で偶然の邂逅というのが短編だからもたもたしていられないという展開を表しているの…でしょうか…オチはまあ、そうきたか!でしたね。『マクベス』の三人の魔女がモティーフになっているのですが、私のような因業なホラー映画ファンはどうしてもダリオ・アルジェントの『サスペリア』を思い出してしまう。それももともとはド・クインシーの『深き淵よりの嘆息』所載の「レヴァナとわれらの悲しみの貴婦人たち」が原案らしいのでこっちを読んでみようかな。しかしこのオチでなぜこのタイトルにしたのだろうなあ。
  3. 胡桃の中の鳥
    私もちょこっと住んでいた東北地方が舞台で、知っている地名がたくさん出てくるのでにまにましながら読みました。ちなみに私は蔵王のお釜は空から見たのでだいぶチートです。主人公たちが夏休みの旅行で蔵王を訪れるのですが、新幹線だけとって宿は現地でという旅慣れっぷりとかまだ大学2年くらいなのに宿でビール飲んだりワイン飲んだりする豪快っぷりに圧倒されました。私でも旅行先のお宿でお酒飲めるようになったのなんてつい最近のことです。アナトール・フランスを読む2年生、かわいくないです。クライマックスで突然現れる謎を解かせるために路線バスを止めて円紫さんを呼び戻す強引さは好きです。このお話は結末が少しシリアスでした。
  4. 赤頭巾
    なんつーかこの主人公は普通に生きているのにこういう事態に巻き込まれがち過ぎるように思うんですけれども。歯医者の待合室で降りかかってきた謎は家庭の事情を包含した、こちらもシリアスな展開ではありました。私が仏文のレポートで読み倒したヴィリエの話題がたくさん出てきてここでもにんまりです。『ヴェラ』はほんとにいい話(なのかな)なので再読したくなりました。(レポートも『未來のイヴ』なんて超大作にしないで『ヴェラ』にすればよかった)『残酷物語』は未読なので図書館に請求しました。『栄光製造機』もなかなかよいし、『前兆』も好き〜。でもこのお話はタイトルが「赤頭巾」なのでドイツ文学とフランス文学のハイブリッドなのね。大人の男女は大変だなあ。
  5. 空飛ぶ馬
    表題作です。この前の2作がシリアスだったのでバランスをとるかのような善意に満ちた結末でした。「材料」を聴きながら円紫さんの相好が崩れていくところがかわいーです。しかし木馬とはなぜこうも空を飛びがちなのでしょうか。(大岡信さんの詩を思い出しながら) (ホワイトベースのこともちょっと思い出しながら) そもそもこの本を読むことになったきっかけは『梁塵秘抄』だったんですが、私は歌でも歌わなかったら絶対覚えないのにさすが国文学専攻だと一度目にした今様をすぐに思い出せるんですねえ。(と、わけのわからないことを言って終わってみる)

毎日のように難しい哲学の本を読もうとしてもまったく頭に入ってこなくて、自分の脳みそがひときわ劣化しているような悲しい錯覚に陥るのですが、久しぶりに平易な日本語で書かれた美しい物語を読んだらすっと頭に入ってきて、1日でさらっと読めてしまって、少しホッとしました。つまり、哲学書は人間が読むようにできていない。

せっかくシリーズなのでひとしきり読んでみようと思います。