Sea of Tranquility

しずかのうみ

厭な物語

課題のために読んだもう一冊の短編集です。 題名通り後味の悪い作品ばかりのアンソロジー。ほんとに読んでてぐがががあ!ってなりました。なんの救いもないです。悪人が懲らしめられるわけでもなければ善人が報われるわけでもない。

アガサ・クリスティー 「崖っぷち」The Edge (1926)  訳 : 中村妙子

マン島の黄金』Manx Gold (1997) 収録

クリスティは描写が丁寧ですよね。言わずと知れたミステリーの女王です。

こんなの写メ撮ってSNSで拡散しちゃえばいいのにって思ったけど時代が時代でした。ということは現代ものとしてドラマ化するのは難しいということですね。主人公の善人としてのプライドと嫉妬深さの葛藤が最後に自分の身を滅ぼすというお話。いろんな意味でみんなが「崖っぷち」にいました。

格調高く慎ましやかな翻訳は恵泉女学園から津田英学塾を経て最終的には東京大学西洋史学科出身となった中村妙子さん。児童文学を多く翻訳されていますが、クリスティーの『春にして君を離れ』も手がけられた方です。


パトリシア・ハイスミス 「すっぽん」The Terrapin 訳 : 小倉多加志

『11の物語』Eleven (1970) 収録

私は子供の味方なので結末の後味の悪さは関係者の自業自得かなっと。でも子育てって難しいですね。ハイスミスは処女作の『見知らぬ乗客』がヒッチコックによって映画化され、その後『太陽がいっぱい』も人気を博したミステリー作家ですが、実は今まで読んだことがありませんでした。『見知らぬ乗客』も未見です。今度ちゃんと読んでみよう。名前がかっこいいなってずっと思っていた作家さんです。

翻訳の小倉多加志さんは実践女子大学でずっと教えていらしたワイルドの研究者ですが、SF、サスペンス、ミステリーや児童文学なども多く翻訳されています。


モーリス・ルヴェル 「フェリシテ」Felicite 訳 : 田中早苗

初出は短編集『夜鳥』Les Oiseaux de nuit (1913) 

なんというか、やりきれない展開でした。でも男女の関係なんて今もそんなに変わっていないのかもしれないなあ。内容も翻訳も古いけど今読んでも充分もやもやできます。

訳者の田中早苗さんはペンネームで実際は男性です。「文学味の強い異常小説」が好きで、江戸川乱歩とも交流がありました。ガストン・ルルーやルブランなどを手がけています。英仏どちらも訳せた多才な方だったようです。


ジョー・R・ランズデール 「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ」Night They Missed the Horror Show (1988)  訳 : 高山真由美

By Bizarre Hands (1989) 収録 ブラム・ストーカー賞受賞作

ランズデールはマーシャルアーツもやっている肉体派?ホラー作家、みたいです。私は初めて読みました。す、すごい…なんかもう、全編不条理。原題の方が内容に忠実。あたりまえか。邦題はちょっとひねりを失った感じ。でも内容がすごいから読み終わった後は押し黙るしかない。BLM、そりゃあがんばるよなあ…さすがアメリカ。しかも南部地方は東部西部の大都市とはまた違った闇を抱えているんですね…。これの映像化は難しいだろうなあ。

翻訳の高山真由美さんはミステリーものを得意とする英米文学翻訳家です。このブログにまとめるにあたって改めて訳者のお名前を確認したんですけど、この内容を女性が訳すのは、すごい…。


シャーリイ・ジャクスン 「くじ」The Lottery (1948)  訳 : 深町眞理子

初出はThe New Yorker (1948)

有名ですよね。でも私は今回初めて読みました。1948年6月26日付のThe New Yorker誌に掲載された、1948年6月27日に起きる物語で、この日付の妙ですごい反響があったそうです。この短編は課題として出されたのでけっこう読み込みました。別立てでブログを書いてもいいくらいかも。1980年代も終わろうという時期に書かれたにもかかわらず、BLMに賛同したくなるような露骨な人種差別が描かれるランズデールの作品と違って、人種とか性別とか年齢とかあまり関係なく不条理な目に遭う話。

翻訳は大好きな深町眞理子さん。深町さんが訳した『シャイニング』は宝物です。


ウラジーミル・ソローキン 「シーズンの始まり」Открытие сезона 訳 : 亀山郁夫

Первый субботник (1992) 収録

新しめのロシア人作家。ポストモダン?『青い脂』が面白そう。今作は解説にあった「会話だけ拾い読みするとただの"狩りにでかけた二人組"のお話」になるというのが全てかな。でも肝心のそのシーンが割とさらっと書かれていて、物足りなさが残る。とはいえ目的が不明確なのでそこに恐怖が隠されているという感じ。

訳者は東京外国語大学でも教えていらした亀山先生。


フランツ・カフカ 「評決 ある物語」 Das Urteil:eine Geschichte (1912)  訳 : 酒寄進一

初出は Arkadia Ein Jahrbuch für Dichtkunst (1913)

再読です。初読のときはなぜこの結末になってしまうのか、狐につままれたような気持ちになりました。今読んでみるともう少し納得できるかな。でも別に読者を納得させたくて書いたわけではないのかも。ドイツ語版Wikiの内容が濃すぎて、この短編だけでも論文書けそうだし、きっと書いてる人いますよね。

訳者の酒寄先生は和光大学で教えていらっしゃるドイツ文学研究者。エンデなんかも翻訳されています。きっと私が最初に読んだのとは翻訳が違うんだろうな…。


リチャード・クリスチャン・マシスン 「赤」 Red 訳 : 高木史緒

Scars and Other Distinguishing Marks (1987) 収録

短い。日本語でも4ページ。そして結末がほんとやりきれない。4ページしかないからこれ以上のことが書けない…。

この人はミステリー、ホラー作家として有名なリチャード・マシスンの息子さん。この短編が収録されたScars and Other Distinguishing Marksはパパとの共著みたいです。

この翻訳家さんは調べたけどどういう方なのかよくわからず。


ローレンス・ブロック 「言えないわけ」Like a Bone in the Throat (1998) 訳 : 田口俊樹

Murder for Revenge (Otto Penzler編) (1998) 収録

長めの短編。アメリカの司法制度を背景に、言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズン、な人々が探り合うストーリー。

結末が、もっとこう、はっきりしてほしかったけど、この感じがまさにbone in the throatなのかも?

田口俊樹さんは多彩な職業経歴を持つミステリー翻訳家。ブロックの作品を多く手がけています。


フラナリー・オコナー 「善人はそういない」A Good Man is Hard to Find  (1953) 訳 : 佐々田雅子

同名の短編集(1955)に収録。

えっこの小説を女性が書いたんですかこの年代に…。

これもアメリカ南部が舞台になっているんですが、南部怖すぎでしょ。最後まで名前の出てこないおばあちゃんがキーパーソンです。日常から非日常にシフトした後の展開がジェットコースターみたいになっています。実際に何かがどこかから落ちたりもするんですけど、問題はそこじゃなくて、人を人とも思わない人のことを人と言っていいのか、という…。

翻訳の佐々田さんは女性ながらハードボイルド小説を多く訳してこられた方です。あまり性別について言及したくはないけど、時代が時代なだけにすごいなぁって。


フレドリック・ブラウン 「うしろをみるな」Don't Look Behind You (1947) 訳 : 夏来健次

Ellery Queen's Mystery Magazine 1947年5月号収録

ブラウンは後ろから声がしたり後ろを見るなって言ったり後ろが好きだな!

「本の一番最後に収録される」ことを目論んで書かれた小説です。細かい設定が丁寧に書かれているので「そんなはずないじゃん」と思いながらも一応怖がってあげたくなるような、そんな小品でした。このネタは一回やっちゃったら次は難しいですね。

翻訳の夏来さんはロバート・ブロックの『サイコ』なども翻訳された方です。