Sea of Tranquility

しずかのうみ

ハリス・バーディック年代記—14のものすごいものがたり

夏のスクーリングでシャーマン・アレクシーのエッセイが課題として出されました。初めて出会う作家でしたが、とても印象の強い作品だったこともあり、他の著作も読んでみたいと思って探していたらこの本を見つけて、図書館で借りてきました。読んでみたらアレクシーだけでなく他の作品もすごかった!借りずに買えばよかったかも。

 オールズバーグは映画化もされた『ジュマンジ』の原作者です。気づかなかった〜。(そもそもジュマンジはちゃんと観ていない)

この本は

ピーター・ウェンダーズという児童文学専門の出版社に勤めていた男のもとを訪れたハリス・バーディックという謎の画家が置いていった14枚の絵とそのタイトルと説明文

 でできたこの絵本が元ネタになっています。(もちろんこれは絵も含めてすべてオールズバーグの創作です) (オールズバーグの、おそらく鉛筆で描かれたであろうイラストが繊細で素敵です)

ハリス・バーディックの謎

ハリス・バーディックの謎

 

 この絵本には本当に絵とタイトルと短い説明文しか掲載されていないようですね。既に読んだ人の書評によるとこちらを先に読むのが断然お勧めだそうです。

そうとは知らず年代記から手にとってしまったけど、面白かったから後悔はしていませんよ〜。

年代記の方は、いろいろな小説家が14枚の絵をもとに彼ら自身のインスピレーションで短編小説を書き上げまとめたものです。すごく面白い企画ですよね。

では一編ずつご紹介しましょう。

 

1. 天才少年、アーチー・スミス (タビサ・キング)

Archie Smith, Boy Wonder - Tabitha King (入江真佐子訳)

小さな声が言った、「あの子がそうなのかい?」

絵も見ないと面白さが半減なんだよねえ。ネタバレもしたくないので読後感だけ書きますね。

タビサ・キングはスティーヴン・キングの奥さんです。売れなかった頃のキングを励まし続けてきた賢夫人なので自分でも短編くらい書いてしまうという。『ドクター・スリープ』を読んだ後なので世界観に共通点を感じたりしてしまいました。

訳者の入江さんはICU出身で、これまで『シーラという子』『タイガーと呼ばれた子』などを訳されています。

 

2. 絨毯の下に (ジョン・シェスカ)

Under the Rug - Jon Scieszka (小澤英実訳)

二週間後にまたそれが起こった。

シェスカは名前からわかる(?)とおりポーランド系(?)アメリカ人の児童文学作家です。

『算数の呪い』っていう絵本が面白そう。

算数の呪い (世界の絵本コレクション)

算数の呪い (世界の絵本コレクション)

 

今作は、おばあちゃんの言うことはよく聞こうね!というお話。絵がね、すごいのよね、絵が。そして冒頭の説明文と絵からこのストーリーが出てくるの。ただものではない。

小澤さんは東大出身で現在は東京学芸大で教えていらっしゃいます。出身大学関係ある?と思いつつ、本の巻末にもちゃんと紹介されているので、ここにも書き残しておきます。

 

3. 七月の奇妙な日 (シャーマン・アレクシー)

A Strange Day in July - Sherman Alexie (金原瑞人訳)

彼は思い切り投げた。でもみっつめの石は跳ねながら戻ってきた。

アレクシー目当てで借りた本なので、収録順と関係なく真っ先に読みました。

エッセイはアレクシーの実体験が反映されていたけどこれはまったくの創作です。そして、投げた石が戻ってくるという、物理法則とは…?みたいなお題がどうなったかというと、けっこう怖い結末になりました。

金原さんは法政大学出身で現在も法政大学で教えていらっしゃいます。他にもアレクシーを手がけているようですね。

 

4. ヴェニスに消えた (グレゴリー・マグワイア)

Missing in Venice - Gregory Maguire (代田亜香子訳)

その強力なエンジンを逆進に入れたというのに、旅客船はどんどん運河の奥の方にひきずられていった。

また物理法則に逆らうやつ…マグワイア劇団四季も上演したオズの魔法使いのスピンオフ?『ウィキッド』というミュージカルの原作者です。2021年に映画化決定っていう話も見たけどどうなんでしょうね。ちょっとした魔法がきらめく不思議な短編でした。それを言ったらこの本に収録されている短編はどれも魔法に満ちているんですけれども。

訳者の代田さんは立教の英米出身です。

 

5. 別の場所で、別の時に (コリイ・ドクトロウ)

Another Place, Another Time - Cory Doctorow (川副智子訳)

もし答えというものがあるなら、彼はそこでそれを見つけるだろう。

時間と空間にまつわる、理論物理学みたいな話。すっごい面白い!雰囲気はちょっとブラッドベリっぽいかな。

ドクトロウはカナダ人のSF作家です。キャンベル賞なども受賞していますが、日本語に訳された作品はまだ少ないですね。川副さんはその中の一作を訳された方です。早稲田出身。

 

6. 招かれなかった客 (ジュールズ・ファイファー)

Uninvited Guests - Jules Feiffer (小澤英実訳)

彼の心臓はどきどきしていた。ドアの把手はたしかに回ったのだ。

やだなんか怖いっ。

ファイファーはコミックや絵本も書くアメリカ人作家です。情報が少ない〜。

そして、結末は、確かに怖いけどそこに向かうまでがめちゃめちゃ楽しいです!

 

7. ハープ (リンダ・スー・パーク)

The Harp - Lind Sue Park (伊達淳訳)

じゃあそれは本当のことだったんだ、と彼は思った。本当のことだったんだ。

このお話、私は好きだ〜。パークは名前の通り韓国系アメリカ人の絵本作家です。邦訳も何冊かあります。さっきも書いたとおりこの短編集には魔法が散りばめられていますが、この作品の魔法は本当にザ・魔法という感じの王道の魔法でした。

伊達さんはTUFS出身。

 

8. リンデン氏の書棚 (ウォルター・ディーン・マイヤーズ)

Mr. Linden's Library - Walter Dean Myers (金原瑞人訳)

彼はその本について、女の子にちゃんと注意を与えたのだ。でももう遅い。

マイヤーズはノンフィクションも手掛ける小説家です。

本好きにはたまらない内容。そしてやっぱり、ラストはちょっと怖い。

リンデンさんのキャラクターはマイヤーズ自身を投影したものなのかな?って思いました。

 

9. 七つの椅子 (ロイス・ローリー)

The Seven Chairs - Lois Lowry (島津やよい訳)

五つ目は結局フランスでみつかった。

この絵が、すごく不思議な絵なんですよね…。

お話もすごく不思議でした。しかし「五つ目は…」で始まる一文からこのストーリーを紡ぎ出すのはほんとうにすごいです。

島津さんも早稲田。ローリーの他の作品も翻訳されています。

 

10. 三階のベッドルーム (ケイト・ディカミロ)

The Third-Floor Bedroom (伊達淳訳)

誰かが窓を開けっぱなしにしておいたときに、それは始まったのだ。

ディカミロも児童文学作家で、何作か邦訳もあります。

妹から、戦地にいる兄に宛てて書いた書簡の形態をとった作品です。

一瞬だけ、不思議な出来事が起こります。

 

11. そんなことやっちゃいけない (M.T. アンダーソン)

Just Desert - M.T. Anderson (相山夏奏訳)

彼女がナイフを入れていくと、なんとそれはますます明るさを増したのだった。

絵のネタバレもなるべくしないようにしてきましたが…「それ」は南瓜です。ハロウィンを前に、いつもとちょっと違うことをやってみようとしたアレックスが世界の秘密に迫ってしまうお話。

M.T.アンダーソンは『フィード』という作品が日本では知名度高いのかな。読んだことないけど。

フィード

フィード

 

『フィード』を金原さんと共訳した相山さんが今作をフレッシュに訳していました。 相山さんは関西大学の博士後期課程に在籍しつつ、神戸女学院大学で非常勤講師もされています(出版当時)。

 

12. トリー船長 (ルイス・サッカー)

Captain Tory - Louis Sachar (幸田敦子訳)

彼はランタンを三度振った。するとゆっくりとそのスクーナー船が姿を現わした。

幸田さんの翻訳がとてもいい雰囲気です。トリー船長モテモテ。死者と生者の交流のように思えるけど、もしかしたら全員死者なのかなと思うくらい自然にお話が進んでいくんですよね。

サッカーも児童文学作家で、多くの作品を幸田さんが訳されています。幸田さんはお茶大の英米でした。

こうやって「この作家にはこの翻訳家さん」っていう組み合わせがきちんと守られていると気持ちがいいですね。

 

13. オスカーとアルフォンス (クリス・ヴァン・オールズバーグ)

Oscar and Alphonse - Chris Van Allsburg (藤井光訳)

それらを返さなくてはならない時が来たことは彼女にもわかっていた。毛虫たちは彼女の手の中でもぞもぞとうごめき、「さよなら」という字を描いた。

私はこのお話が一番好きかも…本当に最高でした。ネタバレができないのがすごく残念です。でもこれは、予備知識なしで読んでほしいな。読んでいて「ええええっ!?」って声が出ちゃいました。

オールズバーグはこの本の総元締なだけあって、素晴らしい作品でした。

藤井さんは現在同志社大学の先生で、卒論はオースターだったそうです。

いやもう本当に、これだけでも読んでほしい。でも全部読んでほしいけどもちろん。私はこれだけ切り取って手もとに置きたいです。やっぱり買おうかな。

 

14. メイプル・ストリートの家 (スティーヴン・キング)

The House on Maple Street - Stephen King (永井淳訳)

それは文句のつけようのない離陸だった。

 絵とこの説明文からするとこういう話にならざるをえないんだけど、やはりキングの書き込みはすさまじいですね。圧倒的物量。

この短編集を離れて、別の本にも収録されています。 

メイプル・ストリートの家 (文春文庫)

メイプル・ストリートの家 (文春文庫)

 

 でも今作はいつものキングともちょっと違うんですよ。他のメンバーが児童文学の人ばかりなのも関係あるんでしょうか。主人公はティーンエイジャーだし。

文春文庫版との最も大きな違いは、『ハリス・バーディック年代記』が横組みで組まれているところでしょうか。

永井淳さんはもう亡くなられていたんですね。初期のキングをよく訳されていて、『キャリー』とか『呪われた町』は永井さんの訳で読んだ記憶があります。

ていうかアレクシー目当てで借りてきたんだけど、最近キングばっかり読んでいた私はここでもキングに出会ってしまうという、キングに魅入られた9月後半でした。

 

この他、著者というか総元締のオールズバーグによる『ハリス・バーディックの謎』序文も村上春樹訳で掲載されています。

うわぁ〜面白かった〜ほんとうに。いい時間を過ごせました。装丁も凝ってるしオールズバーグのイラストがきれいだし、やっぱり買っちゃおう。自分にごほうびだ。